しおりりばーしぶる(♣6)
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――以前、真由美ちゃんにこんなことを尋ねたことがある。
「おがちんとケンカしたことある?」
そんな興味本位の質問に真由美ちゃんは少しだけ考えると、
「1回だけ、あるかな」
と苦笑い混じりに答えた。
聞けば2年生の終わり頃、1週間くらい口を利かなかったことがあったそうだ。
へえ〜それはちょっと意外。2年生の頃の真由美ちゃんと言えば、いつもおがちんにベッタリで
何から何まで頼り切っているように見えたんだけど、そんなことがあったんだね〜。
「どうしてケンカになったの?」
「……つまんないことだよ」
そのとき聞いたケンカの原因や経緯は本当につまらないことでもう忘れてしまったけれど、
真由美ちゃんと話したことでひとつだけ鮮明に覚えていることがある。
もし――
もし、だよ?
私と真由美ちゃんがケンカしたら、おがちんと同じでちゃんと仲直りできるのかな?
「詩織ちゃん、そんなの……」
誰の元にも届くことなく宛先不明のまま戻ってきた手紙。
もうなかったことにしてしまいたくて、自分でも完全に忘れてしまいたくて、
誰の目にも触れないように心の奥の引き出しにしまい込んだとしても。
ささいなきっかけがあれば、また手元に戻ってきてしまう。
いくら割り切ったつもりでいても……自分の気持ちってごまかしきれないものなんだね。
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おがちんはまだ佐藤くんのお母さまに看てもらってる。
正直ズルいと思ったけど、今日のところは素直に真由美ちゃんと先に帰ることにした。
いつまでも長居して、これ以上お母さまにご迷惑をかけるわけにもいかないもの。
「あ〜あ……こんなのママに見つかったら、大騒ぎだよ〜」
「洗濯機じゃ落ちないよね、これ……クリーニングに出すしかないのかな」
自分の鼻血で汚れた上着を手に、真由美ちゃんはちょっぴり困り顔だったけど、
でもそれ以上に楽しそうにはしゃいでいた。そう言う私もおんなじ気分。
「おがちんに聞いてみよっかな、いつもどうやって洗濯してるのって」
「それがいいかもね、おがちん詳しそうだし」
「うん」
私は洗うの面倒だからもう捨てちゃうつもりだけど。
「うえ〜、まだ口の中、血の味がするよ〜」
舌を出しながら、しかめっ面する真由美ちゃん。
いつもの大人しい真由美ちゃんとはギャップがありすぎるそのコミカルな表情に、
私は思わず噴き出してしまった。
「ふふっ、真由美ちゃん、鼻血出しすぎなんだってば」
「だって……佐藤くんがホントにあんな格好してるなんて思わなかったんだもん」
「あれは衝撃的だったよね〜! 見たのは一瞬だったけど、しっかり目に焼き付けたよ!」
「うんうん、私も!」
「でも眼福っていうより目の毒だったね〜。私たちには刺激が強すぎだよ〜」
「ね〜」
佐藤くんのお家から、いつもとは逆にたどる帰り道。
今日は佐藤くん家を突き止めたしお部屋にも入れたし、たくさん収穫があったねとか、
これからは毎日帰りに佐藤くん家に寄って佐藤くん成分を補充出来るねとか、
寒さも忘れて私たちは会話に花を咲かせた。
ときどきすれ違う人が赤く染まった服を手にした私たちを見てギョッとしていたけど、
ちっとも気にならなかった。
人目も時間も忘れるくらい、真由美ちゃんと一緒におしゃべりするのが楽しかったんだ。
それからふと話が途切れたとき。
「あ、あのね……」
言いにくそうに口ごもって、真由美ちゃんが話を切り出した。
「お母さまがストーカー……って」
「うん……」
忘れてたワケじゃないけど。
佐藤くんのお家に上がった興奮もあって、頭の隅っこも隅っこの方に追いやられていた。
「私たち、佐藤くんにそんなふうに見られてたってことだよね……」
「うすうすは、感じてたけどね……」
「はーあ……ちょっとショックかも……」
急に尖った現実を突きつけられたように、しゅんとなる私と真由美ちゃん。
特に根が素直な真由美ちゃんはショックが大きいみたいだった。
もちろん私だって動揺してないわけじゃないけど、真由美ちゃんよりは心の切り替えが出来ていた。
「でもしょうがないよ。もしかしたら佐藤くんに迷惑がられてるのかもしれないけど、だからってあきらめられないもん」
「だ、だよね……しょうがないよね。私たち、佐藤くんが好きでしょうがない隊だもんね」
「うんうん。それに私たちのホントの気持ちが伝われば、佐藤くんも絶対分かってくれるよ」
「うん、そうだね!」
おがちんはあの調子だから、きっと気付かない。
でも私たちは違う。知っちゃったんだもん。
好きって気持ちにウソはない。振り向いてもらえるまでは一途に追いかけるしかない。
けれどもし佐藤くんの立場だったらって思うと……ちょっぴり後ろめたい。
そんな気持ちを私たちふたりだけが分かち合ってる。
罪悪感の共有。そう、このときから私と真由美ちゃんは――「共犯」になったんだ。
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