もし吉なんとかさんが細眉になったら (その1)   その1  その2  その3  その4  その5  その6 


「待って〜!! 杉ちゃん!!」
懸命にあとを追いかける。
でも私の呼びかけも届かず、杉ちゃんはあっという間に階段を駆け上っていってしまった。
もう走っても追いつけないくらい、二人の距離が開いていく。
「はあっ……はぁっ……」
元々走るのが苦手だった私は階段の途中で息が切れてしまい、早くも心が折れそうになっていた。
う、ううん、ダメだよ。休んでる場合じゃないよ……!!
どうにか呼吸を整えると、私は再び杉ちゃんのあとを追った。
走っているうちにちょっと涙が出そうになってくる。
……ああ、まさか。
まさか私の眉毛のせいでこんなことになるなんて……。




――朝。3組の教室の前。
私は緊張を抑えるように、ふうっと息をはいた。
ど、どうかな? またこの前みたいに笑われちゃうかな?
初めてにしては上手に描けたと思うんだけど……。
そう、私……吉岡ゆきは生まれ変わったの。
これまでずっと悩まされ続けてきたあの野暮ったい眉毛とはもうお別れ。
これからはきれいな細眉が自慢の女の子・吉岡ゆきなんだ。
よ、よーし。私は意を決して、教室の扉をくぐった。
「みんな、おはよー!!」
な〜んて、いつもよりも元気にあいさつしてみたりして。
みんなの視線がいっせいに私に集まるのを感じる。
ううっ……やっぱり変に思われたかなあ……。
私は視線をかわすように小走りで、窓際に集まっていた杉ちゃんたちの元に駆け寄った。
「お、おはよ……杉ちゃん、宮ちゃん」
もじもじ。
「ど、どうかな……これ」
「え、なにが?」
え、ええっ〜〜!? まさかのノーリアクション!?
真顔の杉ちゃんに思わずズッコケそうになる私。
「ちょ、ちょっとイメチェンしてみたんだけど……どうかな。へ、変じゃない?」
「イメチェン……?」
「こ、こうパッと見で……分からないかな!?」
「さあ……髪型……とか?」
「え、えっと……顔なんだけど」
「…………」
杉ちゃんは私の顔を見つめて、目をパチクリとした。
「ごめん、何のことか分かんないわ」
「そんなー」
わたし的にはすごいビフォー→アフターのはずなんだけど……。
ま、まさか……また生えてきちゃったとか!?
おそるおそる眉毛に触ってみたけれど、指先に伝わる感触はあのフサフサとした感じじゃない。だ、大丈夫。
「ね、ね、宮ちゃんは分かるよね?」
「あ、あたし!? な、なんだろーな」
「もう〜、宮ちゃんも気付かないの? みんな薄情だよ〜」
「そう言われてもな……」
なぜか困ってる宮ちゃん。
「それより早く自分のクラスに戻った方がいいぞ、吉田」
「……っ!?」
そ、そんな。三女さんの持ちネタじゃないんだから。
「吉田じゃなーーい!!」
「ん、違ったっけ? あっ、悪ぃ、吉野か」
「それは違う子だよっ」
「あのねえ宮下、それ以前にこの子も同じクラスでしょ?」
「あれ〜? そうだっけ……別の誰かと勘違いしてたのかな」
とぼける宮ちゃんと、冷めた目の杉ちゃん。
そんなふたりを見ているうちに、私は本気で悲しくなってきてしまった。
「ひ……ひどいよ、ふたりとも!! 私をからかって!!」
い、いくら私がイメチェンしたからって、こんなふうに他人みたいに知らんぷりするなんてひどいよ。
「もういいもん!!」
ダッ。ざわつく教室を飛び出す。
「なんだあいつ……」
「意味わかんない」
背後からそんな声が聞こえてくる。すごく悲しい……。




ぐすっ。女子トイレに逃げ込んだ私は鏡の前で涙をぬぐった。
鏡が映すのはよく見慣れた……でも昨日までとは違う私の顔。
この前、男性化粧品売り場で見つけた強力永久除毛クリーム。
スネ毛処理用っていうのがちょっぴり気になったけど、思い切って使ってみたら効果はてきめんだった。
剃ってもすぐに元に戻っちゃう私の眉毛が、ひと晩経っても生えてこないんだもん。
だからすごく嬉しかったのに……。
また涙がこぼれそうになり、私はキュッとまぶたを閉じた。
「ゆきちゃん?」
「あっ……」
その声にハッと振り返る。声の主はさっちゃんだった。
さっちゃん……もしかして私を追いかけてきてくれたの?
「うわああん〜、さっちゃ〜〜ん」
「わわっ、ゆきちゃん!?」
私は急に胸が熱くなって、思わずさっちゃんに抱きついた。
「ち、ちょっ……ゆきちゃん、どうしたの?」
さっちゃんが不思議そうに覗き込んでくる。
「さ、さっきの……さっちゃんも見てたでしょ!? ひどいと思うよね!? 宮ちゃんも杉ちゃんも!!」
「えっと……それって、宮下さんと杉崎さんのことだよね?」
「え、うん……そうだけど」
さっちゃん、そんな他人行儀な呼び方……。
でもさっちゃんが冗談を言っているようには見えない。
ドクン。
急に足場を失ったみたいに不安が膨れあがってくる。
そしてその不安は……さっちゃんの次の言葉で決定的に、ダメ押しされてしまったのだ。
「私、あの子たちとあんまり話したことないんだけど……ゆきちゃんは仲良しだったの?」




私は話した。私の知っているみんな。「チーム杉崎」のこと。そして私の眉毛のこと。
さっちゃんは明らかに戸惑っていたけれど、それでも笑ったりせずに私の訴えを真剣に聞いてくれていた。
「つまり、こういうことね? ゆきちゃんは元々私と杉崎さん、宮下さんたちと仲良しのグループで……」
「うん」
「ゆきちゃんが眉毛をクリームで落として、今日登校してきたら、みんなの様子がおかしくなっちゃったみたい……と」
「そ、そうなの」
「私にはゆきちゃんの方がおかしくなったように思えるけど、それを疑ったら話が始まらないわよね……。うん、分かった。私はゆきちゃんの言うことを信じるよ」
「よかった〜、さっちゃんが話の通じる人でよかったよ〜」
なんだかいつもの……私の知ってるさっちゃんとは雰囲気が違う気もするけど、今はさっちゃんだけが頼みの綱だ。
「やっぱり眉毛がきっかけなのかしら……ゆきちゃん、何か心当たりとかはない?」
「う〜ん……」
昨晩からのことを思い出してみる。焦らず、落ち着いて……。
「あっ……」
そう言えば、今朝ママの様子が少しおかしかったような……。
「――それはね、ゆき」
「っっ!?」
突然トイレの個室から現れた大きな人影。
その人物が誰なのか理解した瞬間、私は(以前なら)眉毛が飛び跳ねそうなくらい驚いた。
「パ、パパ!?」
いつの間に!? パパがどうして学校に!?
う、ううん、それより。
「ここ女子トイレだよ!?」
こんなところにいるのを誰かに見つかったら、不審者まっしぐらだよ。みっちゃんたちのパパみたいになっちゃうよ。
「お前の眉毛が失われたためなのだよ」
「ま、眉毛が……? って、そ、そうじゃなくて!!」
「早速その影響が出始めたようだね。しかし慌てることはない。まずは落ち着いてパパの話を聞くんだ」
「お、落ち着いてる場合じゃないよ!! 早くしないと誰かに見つかっちゃうよ!?」
「フッ……心配いらないさ。これからパパが言う通りにすれば、今起こっている異変も収まるはずだよ」
……聞いてないし。
「だからここ女子トイレ……」
「ね、ゆきちゃん、何か話があるみたいだし聞いてみよ?」
「う、うん。分かったよ」
いいよ。私ももうあきらめた。
「教えて、パパ。私と……みんなに何が起こっているの?」
パパの話はにわかには信じられないようなものだったけど、私が思っている以上に事態は深刻みたいだった。

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