ガチの怒りを…
「龍太ー」
ノックの音から少し遅れて、姉ちゃんの声。部屋の外から呼び掛けられたオレは、やりかけだったゲームのポーズボタンを押した。
「龍太にお客さんよ。懐かしいお客さん」
客? クラスのやつか? いや、だったら懐かしいってことはねーか。
姉ちゃんの後ろからひょこっと顔を出したそいつは、確かに姉ちゃんが言ったとおり懐かしい顔だった。
「おお、お前は……三女!!」
「久しぶりだね、龍ちゃん」
それはあの三女だった。昔、よくうちに来て遊んでいた、あの三つ子の三女だ。前より髪は短めでさっぱりとしてて、
雰囲気もなんとなく柔らかくなったよーな気がするけど、見覚えのある顔がそこにあった。
そして三女は姉ちゃんとおそろいの制服を着ていた。
「三女も姉ちゃんと同じ高校だったのか〜。すっげー偶然じゃん」
「私もビックリしちゃったわ。入学式でいきなり聞き覚えのある名前が呼ばれるんだもの。特待生なんだって。たいしたもんよね」
「私も全然知らない人から突然話し掛けられてビックリしたよ」
「ちょっ、全然知らない人とかってヒドくない?」
「だって……ぴょんぴょんじゃないし、パンツも見せてないし」
「パンツ見せてたのはあんたの姉でしょ!?」
「偽装してることに気付かなかったら、杉さ……杉ちゃんだって分からなかったに違いないよ」
「……偽装とか、いったいいつの話よ」
「ま、まさか……改造に手を染めてしまうとは……」
「誰が改造人間よ。今の私は100%天然由来の成分で出来てるわ」
「う、嘘……」
「おあいにくさまね。私はもう自分を偽る必要なんてなくなったのよ」
「そ、そんな……杉ちゃんが私を裏切るなんて……鴨小の卒業式の日に誓い合ったよね? 離れても私たちはずっと仲間だって。同じ苦しみを一生分かち合う同志なんだって」
「そんな悲しい誓いを立てた覚えはないんだけど……」
「だから私は信じてたのに……親友だと思っていたのに……!!」
「おい、なんか三女が怒ってるぞ?」
「知らないわよ」
「違う……こんなの私の知ってる杉ちゃんじゃない……(ぶつぶつ)」
「はいはい、わかったわかった。私が裏切り者でいいわよ、もう。こういうところは相変わらず……昔とちっとも変わってないわね」
「そうだね。相変わらずしょうがないね、龍ちゃんは」
「オレかよ!?」
三女は真顔のままだったけど、リラックスした感じでオレたちとのトークを楽んでいるように見えた。
ああ、そういえば三女ってこういうやつだったよな。こいつは間違いなくオレの記憶の中にあるイメージのままの三女だ。
「でも姉ちゃんの言うとおり、全然変わってないよな、背……」
「龍太」
姉ちゃんが目配せと口調で「ダメ」と伝えてきた。
「背もちっとも伸びてないしな」
でも言ってしまう。
ギヌロ。三女が上目づかいでオレをにらんできた。高校生なのにオレよりも低い位置の目線。やっぱり身長には触れちゃいけなかったみたいだ。
「ほ、ほら龍太は5年生にしては大きい方だから。三女も6年の頃と比べたらちょっとは伸びたんでしょ?」
「……んせんち」
黙っていた三女がボソッとつぶやいた。
「え?」
「3センチ伸びた」
「ホントか? そんなふうには見えねーけどな」
「………」
三女はまた無言になった。見栄を張ったんだな、とオレは察した。
「もう……ごめんね、三女。龍太ったら背が伸びたら態度までデカくなっちゃってね。もうすっかり可愛げもなくなっちゃったわ」
「だね」
「おい」
「でも前からこんな感じだった気もするよ」
「おいおい」
「まあ三女の気持ちも分かるけどね。私もそのうち追い抜かれるのかと思うと、姉としては複雑な気分だわ……」
それからオレは三女を部屋に誘った。オレの自慢のガチレンコレクションを見せてやろうと思ったんだ。
「すごいね、こんなに集めたんだ」
オレの部屋に入った三女は、壁にも棚にも天井にも一面に飾ってあるガチレングッズを珍しそうに見回していた。
「これなんて、すごくしっかりした作りだね。おお、重たい……」
三女は自分の顔くらいの大きさがあるそのフィギュアを手に取って、まじまじと見つめていた。
「超合体ブレイブウォリアー・ファイナルバージョン。これ持ってるやつはあんまりいないと思うぜ」
「ここまで来ると、もはやおもちゃの域じゃないね」
三女は感心しながらそのフィギュアをいろんな方向から覗き込んだり、ギミックを確かめたりしていた。
でもこーゆーの見ても、昔みたいに「むふぅ」とか「むっふー」とかは言わなくなったんだな。これも大人になったってことか?
「矢部っちなんて、家庭訪問の時にわざわざこれを見にオレの部屋まで来たんだぜ? 大人げねーよな」
「あれっ? 矢部先生、担任だったの?」
フィギュアをいじっていた手を止めて三女が聞いてきた。そーいや、前は三女の担任だったんだっけ。
「ああ、3年の時からずっとオレの担任だぞ。ガチレンごっこにも付き合ってくれるし、まあ基本的にはいいやつだな」
「ふうん、先生らしい、ね」
「先生にしちゃ、へにゃへにゃしてて頼りねーけどさ。結婚してもそーゆーところは全然変わんねーな」
「結婚?」
驚いた顔でオレを見る三女。ああ、三女は知らなくても仕方ないか。
「矢部っち、この前の冬休みに結婚したんだぜ。保健の栗山っちと」
「へえ、そうなんだ」
「あの、なんだっけ。授かり婚? とかってやつなんだってさ」
「ふうん、じゃあ先生もやっと卒業したんだね」
「卒業? 卒業式はまだだろ?」
「ううん、なんでも」
……三女の言うことは時々分からない。
「それよりさ、三女は今度のビーストシリーズどう思う? 去年のブレイブシリーズも話は良かったけど、やっぱバトルが派手な方がオレは好きだな〜。覚醒ビーストフォームっていうのもカッコイイし」
ガチレンの新シリーズはまだ始まったばっかだけど、オレは傑作になりそうな予感がしている。
「矢部っちも言ってたぜ、1話からいきなり2段階変身するのは斬新だって。あとブルーがリーダーっていうのも、シリーズ初なんだってな」
これも矢部っち情報だ。あいつはオレの知らない古いシリーズのことも知ってるから、意外と頼りになるんだよな。ガチレンに限ってだけど。
「三女はどっちが好きなんだ?」
「……えっ?」
なんだよ、オレの話聞いてなかったのか? そういや、なんか考え事でもしてたよーな……。
「私は……ガチレンはガチレンだから。どのシリーズも作り手の愛と情熱がこめられていて、素晴らしい作品だと思う」
「あーそっかー。まあそうだよなー。どのシリーズもそれぞれいいとこがあるもんな」
大人の回答ってやつか。でもなんだかはぐらかされた気もするぞ。
「あ、もうこんな時間」
腕時計を見た三女はそう言って茶色の革のカバンを手に取った。なんでも夕飯の支度をしなくちゃいけないらしい。
「また来るんだろ? 今度は久しぶりにガチレンごっこやろーぜ」
「うん」
またね。そう言って三女は出て行った。
でもそれから三女は来なかった。土曜になっても、日曜になっても、次の週になっても、次の次の週になっても、三女は来なかったんだ。
「なあ、姉ちゃん」
「なに?」
「ああ……うん、やっぱ、いいや」
姉ちゃんなら三女のケータイの番号を知ってるかもと思ったけど、よく考えたら別に姉ちゃんの助けを借りるようなことでもねーもんな。
自分で確かめよう。そう考えたオレは次の日曜日、三女の家に行ってみることにした。こっちの方まで来るのも久しぶりだな〜。
「龍ちゃん……」
オレが呼び鈴を鳴らしてからしばらくすると、三女が玄関から顔を出した。三女はオレの顔を見てちょっと戸惑ってるみたいだった。
「三女、遊びに来たぜ!!」
「あ、うん、いらっしゃい……あがって」
案内されたテレビの置いてある部屋で待っていると、三女が冷たいお茶と白いあんこの入ったドラ焼きを出してくれた。
「懐かしいな〜、前泊まったときとあんま変わってねーな。あ、これ、テレビは新しくなったか?」
「龍ちゃん、うちに泊まったことあったの?」
きょとんと首をかしげる三女。
「一回泊まったことがあるぞ。そんときは三女がオレんちに泊まって、オレの代わりに姉ちゃんの弟になったんだろ?」
「ああ〜、姉を交換したときだね。懐かしいね」
「あんときは痴女が焼きそば作ってくれたんだよな。そーいや、今日はみんないねーのか?」
「うん、今日は……」
パパは仕事のお付き合いで出掛けてて、みっちゃんは朝からバイト。ふたばは寮に入ったから。三女はそう言った。
長女と次女か。あいつらにも久しぶりに会ってみたかったけど、いないんじゃしょうがない。それに今日は三女と遊びに来たんだからな。
オレはドラ焼きを平らげると、三女に言った。
「じゃあさ、ふたりで遊ぼうぜ」
「遊ぶって言っても……どうするの? うちにはゲームとかないよ」
「前、言っただろ? ガチレンごっこやろーぜって。……あっ」
あっ、やべ。ガチベルト持ってくるの忘れちまった。でもまあいっか。
「三女もガチベルト持ってるだろ? 貸してくれよ。やっぱアレを締めないと気持ちも入らないもんな」
「ガチベルト……?」
ガチベルトと聞いて、三女は顔をくもらせた。
「ないのか?」
「あることは……あるけど」
口ごもりながらそれだけ言った三女は、窓の外に目を向けながらオレに横顔を見せていた。あれ? なんとなく気まずい感じだぞ……。
オレが何か言おうか迷っていると、
「龍ちゃん、来て」
そう言って三女は腰を上げた。オレはちょっとホッとする。
「こっち」
「どこ行くんだよ? 外か? オレはまだ帰らないぞ」
三女は何も答えずに黙ってオレを外まで連れ出した。そして狭い庭の角にある小屋の前で立ち止まる。
「これ、物置か?」
オレが何を聞いても、三女はずっとだんまりのままだった。
三女が物置の扉を横に引くと、キイッと金属がきしむ音がした。オレの苦手な音だ。
それから三女はガサゴソやって何かを引っ張り出してきたかと思うと、それをドサッと地面の上に置いた。
「なんだ、やっぱあるじゃん。ベルト」
それは段ボール箱だった。箱の中にはガチベルトにTシャツ、フィギュアなんかがぎっしり詰め込んであった。
つまりこれが三女の秘蔵コレクションってわけか。
「よっし、これでガチレンごっこできるな。これ、借りていーか?」
「……できないよ」
そうつぶやいた三女の顔は悲しそうだった。思い詰めたような表情、って言えばいいのかな。
「できないって、なんでだよ?」
「私には、もうガチレンに変身する資格がないんだよ」
資格? ピンと来ない言い方だったけど、ホント言うと、それはオレの心配していたとおりだった。
ああ、やっぱり。やっぱりそうだったんだな。
「卒業したんだな、ガチレン」
「………」
どーりでこの前もノリが悪いなと思ってたんだ。ガチレンのこと、もうそんなに好きじゃなくなってたんだろ?
だから約束したのに、うちにも遊びに来なかったんだ……。
「そりゃそうだよな、三女はオレと違ってもう大人なんだし……」
「………」
ふるふる。三女は黙って首を振った。
「別に悪いことじゃないだろ? オレに気を遣わなくてもいいんだぜ」
「違うよ、そうじゃなくて……」
そこで少し口ごもる三女。オレは三女の言葉を待った。
「私は、卒業したんじゃなくて……卒業できなかったんだ」
卒業できなかった? どういう意味だ?
「ねえ、龍ちゃん。ガチレンジャーが戦う力の源は何だと思う?」
なんだよ、今度はいきなりクイズか?
「そんなの、ガチフォースだろ」
それぐらいガチレンファンなら誰でも知ってる。
「はずれ」
「はあ!? そんなはずねー」
「ううん、設定はその通りだけど。私は……勇気、だと思う」
そして三女はひとり言みたいに話し始めた。
――ガチレンは敵に追い詰められても、迷ったり心が弱ったりしても、必ず最後には勇気を振り絞って戦うよね?
ガチレンが私たちに教えてくれたのは、どんなに苦しい時でもくじけない心。傷ついても最後まであきらめない心。
自分の弱さを認めて、乗り越えようとする心。そういうガチレンの姿を見て、私たちは心に熱いエナジーをもらってたよね?
そうだな。三女の言葉にオレはうなずいた。
――だからガチレンは勇気の戦士なの。自分たちの勇気で観てる人にも勇気を与える戦士。
でも……そんなガチレンに共感してたくさんの勇気をもらったはずの私なのに、自分のことになると、本当にどうしようもなく弱虫だった。
そういうのは私にはまだ早いとか。相手にされなかったらどうしようとか。
自分の想いをぶつけるより前に、自分が傷つかないように言い訳して、答えを出すよりも宙ぶらりんのままであることを選んだの。
もしダメだったとしても、本当は自分の気持ちにけじめをつけて、ちゃんと卒業しなきゃいけなかったのに……。
ガチピンクの台詞みたいだな。オレはそう思った。
『あきらめても その想いは消えないままだよ』
『想いをこめて ぶつければ きっと勝てると信じて』
――鴨小を卒業してからも、毎週ガチレンは観続けていたんだ。
でもテレビの前でワクワクしながら待ってたあの頃と比べると、なぜかあんまり楽しめていないことには自分でも気付いてた。
飽きたわけでも、他に好きなものが出来たわけでもないのに。
龍ちゃんになら言うまでもないんだろうけど、ガチレンのクオリティの高さはシリーズが変わっても同じだよね。
だったら変わったのは、観ている私の方。
ガチレンはずっと変わらず、熱いガチ魂で戦い続けてる。
なのに観ている私は、ただの意気地なし。
勇気を出せ。あきらめるな。お前なら出来る。そんな熱い叫びのひとつひとつが、まるで臆病な私を責めているような……。
ガチレンは私とは違う。私はガチレンのようにはなれない。
そんなふうに感じ始めてたんだろうね。観ていて気持ちが燃え上がるどころか、だんだん観るのも辛くなってた。
このままだと私はあんなにも好きだったガチレンのことを嫌いになってしまうかもしれない。
楽しかった私たちの思い出まで、思い出すのが辛い記憶に変わってしまうかもしれない……。
たぶん……その時はそこまで深く考えていなかったけど、心のどこかでそんなふうに思ったから、私はガチレンを観るのをやめたの。
見ないようにすれば、心が揺れることもない。
そうして自分の気持ちと一緒にしまいこんでしまえば、思い出は楽しい思い出のままだし、あの頃の……ガチレンを好きだった頃の私のままでいられるからって。
離れているうちに好きだった気持ちが色あせていくのだとしても、あきらめるよりは自分も傷つかないし、忘れてしまうよりは罪悪感もない。
それにね、本音では、もしかしたら待っていてくれるかも……なんて虫のいいことも考えていたんだ。
自分からは何にもしなくても、何年かして私が大きくなればもしかして……なんて。
そのくせ、ちゃんと勇気を出した人に向かって裏切られたなんて思っちゃう。都合よすぎだよね。
そんなふうにズルくて、みっともなくて、勇気のかけらもない私は、ガチレンジャーになる資格がないんだよ。
ううん、本当なら誰でもガチレンになる資格はあるんだと思う。勇気は誰もが持っているものだから。
でも私は、自分でガチレンにはならないって決めたの。そういう自分であることを選んだの。
あの時……私の人生で一番勇気を出さなくちゃいけなかったあの時に、私は勇気にフタをしてしまった。
後悔するかもって分かっていたはずなのに、勇気を出さずに自分の想いから目を背けたの。
その証拠が、この段ボール箱なんだ。
私が、自分で自分の勇気を閉じ込めた、どうしようもない臆病者だっていう証拠……。
こんなにしゃべる三女は初めて見た。だけど三女が何を言いたいのか、オレにはさっぱりだった。
「オレにはよく分かんねーよ……」
三女には三女なりの悩みってもんがあるのは、オレにだって分かる。
でも置いてけぼりをくらったみたいな気がしたオレは、なんだかみじめな気分だった。
「ごめん、変な話して。この前龍ちゃんの話を聞いてから、ずっと色々考えたり思い出したりしてたんだけど……きっとそれを誰かに聞いてもらいたかったんだろうね」
三女はそう言って苦笑いした。そしてハアッとため息をつくと、
「でも今日龍ちゃんが来て、私も覚悟を決めなくちゃって思ったんだ」
そう言いながら、段ボール箱からガチベルトを取り上げた。
「だから、龍ちゃん。ガチレンごっこ付き合ってもらってもいい?」
「そりゃもちろん構わねーけど……なんでなんだ?」
オレはイマイチ納得がいかなかった。さっきはできないって言ってたくせに、いきなりどーいう心変わりなんだ?
「私もちゃんと卒業するときが来たんだよ」
「あ〜、そうか。そういうことならオレも協力するぞ」
ガチレン仲間が減ってしまうのは寂しいけど、それも仕方ないことだ。去っていく者を見送るのも、ファンのつとめってやつだからな。
「それでね、前はいつも私が怪人役やってたでしょ? 今度は私がガチレンジャーやりたい」
そっか。これが最後だもんな。三女にとっては最後のガチレンごっこだもんな。だったら最後くらいはヒーローの役を譲ってやろう。
「いいぜ、三女のガチスピリットを見せてくれ」
「うん」
三女がガチベルトを巻いてカチッと締める。この音を聞くとオレたちの中でスイッチが入る。
「ええと、じゃあオレは……」
最近は観てないらしい三女が知ってそうな怪人って言ったら……何がいいかな。あんまカッコ悪いやつはオレも嫌だしな。だったら……。
「ヤベラゴン」
「えっ?」
「ヤベラゴン」
「ヤベラ……ゴン?」
そんなやついたっけ?
もしかしたらオレの知らない昔の怪人かもと思ったけど、違う。
「ヤベ……って」
「いくよ」
オレがあたふたしてるってのに、三女は問答無用でファイティングポーズを取っていた。
おお、久しぶりにしちゃ三女の構えもなかなかサマになってるな!!
って感心してる場合じゃねえ。オレも本気で怪人役になりきらなきゃな。それがガチレンごっこの礼儀ってやつだ。
「ヤベラゴン、これまで貴様には散々惑わされてきたが、それもここまでだ!! 今日、この場で終わらせてみせる!!」
「ふん……ガチレッドか。そう言うお前は、ちょっと見ない間にずいぶん小さくなったみたいだな!!」
「………」
ギヌロ。しまった、言いすぎたらしい。
「長きにわたって乙女の純情な心を弄んだ罪は重い!! 正義の怒りが貴様を裁く!!」
「なんのことかは知らないけど、返り討ちにしてやるぞ!!」
とりあえずこんな感じでいいんだろーか?
怪人のわりにはちょっとヘタレっぽい気もするけど、なにせヤベラゴンっていうくらいだからな。
「いくぞ!! この巨乳フェチの変態マザコン野郎め!!」
「なんだよ、それ。そんなんじゃねーぞ、オレ」
「龍ちゃん、役、役」
「ああ……」
精神攻撃ってやつか。でもそれってあんまりガチレンっぽくないな。
「頼りない!! 子供っぽい!! なよなよしてる!!」
「し、してないぞ!!」
「カマっぽい!! ヘタレ!!」
「それは認める……」
「足が臭い!!」
それから三女……じゃなくてガチレッドにさんざん悪口を言われたり、お互いの技の応酬でわちゃわちゃしてるうちに、
ヤベラゴンとの息詰まる戦いもクライマックスを迎えていた。
「ふう、なかなかやるじゃないかガチレッド」
「ガチレンジャーは決して悪には屈しない!! 今こそ本気(ガチ)の一撃を決める!!」
腕にガチフォースを溜めるポーズを取るガチレッド。お、来る気だな。
「ガチの怒りを受け止めろっ」
フォースをこめた右の拳がオレの顔面をとらえた。ぽこっ。
痛……くはない。
「これがお前の本気か!? この程度じゃボクには効かないぞ!!」
「ならば、もう一度……ガチの……」
その時だった。さっきまでガチレッドになりきっていた三女の様子が変わった。声が震えてる。振りかぶった拳も宙で止まったまま動かない。
あれ!? もしかして泣いてるのか、三女。
「ど、どーしたんだよ、大丈夫か?」
「ガチの怒りを……」
でも三女はそのままもう一度殴りかかってきた。
「受け止めろっ」
ぽこっ。
「おい、いいのか、三女!?」
「ガチの……」
「な、なあ……」
ガチの怒りを受け止めろ。ぽこっ。
ガチの怒りを受け止めろ。ぽこっ。
三女は呪文みたいに何度もそう繰り返しながら、オレの胸のあたりを叩き続けた。オレをぽこぽこ叩きながら、泣いていた。
そして泣きながら、笑っていた。
お、オレはどうすれば。
ポロポロと涙をこぼしてるくせに、なぜか楽しそうに笑っている三女。
そんな三女を見ていると、何も手出しできそうな気がしない。
な、なんなんだよ、わけが分かんねえ……。
様子のおかしい三女の顔を見下ろしながら、オレは反撃もできずに、ずっとされるがままに三女の攻撃を受け止めるしかなかった……。
「ぐわあああっ、ヤベベベベベ〜〜〜…」
やがて怪人ヤベラゴンは断末魔の絶叫を上げて後ろに吹っ飛んだ。要するにオレのことだ。ついに戦いの決着がついたのだ。
「思い知ったか、これが正義の……勇気の力……」
勝ちどきを上げる三女。敗者のオレはその姿を仰向けで見上げた。
涙はもう止まったみたいだな。
「龍ちゃん」
「ああ、わりぃ」
三女がオレを起こそうと手を伸ばしてくる。軽く握り返したその手はじんわり汗がにじんでいた。そしてびっくりするくらい小さかった。
それから三女は立ち上がったオレの背中をぽんぽんとはたいてくれた。
「ごめんね、龍ちゃん……その、いっぱい叩いて」
「気にすんなよ。別に全然痛くなかったし」
「だったら、遠慮しないでもっと攻撃すればよかったよ」
そう言う三女の顔は、ガチレンごっこを始める前の硬い感じじゃなくて、なんとなくすっきりした表情に見えた。
そっか。これが卒業した、ってことなんだな。だったら、オレはもうここには来ない方がいいのかもしれない。なんて思ったりもした。
「じゃあな、帰るぜ」
用も済んだし、そろそろ引き上げるとすっか。
短い時間だったけど、遊びきったときみたいに疲れた気もする。三女と遊ぶのも久しぶりだったからかもしんないな。
「今日は遊びに来てくれてありがとう、龍ちゃん」
「ああ、こちらこそってやつだ」
門を開けて外に出ようとした時、三女がオレを呼び止めた。
「龍ちゃん」
呼ばれて振り返ったオレは、思わずドキッとしてしまった。
オレが見たのは今まで見たこともない……にっこりと微笑む三女の顔。
そして次に三女が言った言葉は、オレにとって完全に予想外のものだったんだ。
「また遊ぼうね、ガチレンごっこで」
――なんだよ、三女のやつ。卒業するんじゃなかったのかよ。
覚悟を決めるとか卒業だとか言ってたくせに、またガチレンごっこしようとか……どういうつもりなんだ? それともアレか、未練ってやつか?
歩きながら、さっきの三女の顔を思い出す。
「また遊ぼうね」
優しい声が耳の中にまだ残ってる。
オレにそう言った時の三女は、背丈なんかはオレよりも小さいくせに、急に大人びたみたいに思えた。
見た目があんなふうだから気にならなかったけど、ホントはオレよりもずっと大人なんだよな……。
思い出したら、急に顔が熱くなった気がきた。ノドがひりひりして、心臓もバクバクいってる。なぜか大声をあげたい気分だった。
くそっ。気持ちが落ち着かねー。もやもやする。なんだよ、これ。もう。
オレは自分でもわけが分からないうちに走り出していた。
「あれっ、龍太くん」
げっ。クラスの女子どもだ。
正直、今はあんまり顔を合わせたくない相手だった。
「龍太くんち、こっちの方だったっけ?」
「散歩してたんだよ」
オレは顔を背けて、そのままそいつらの脇を通り過ぎようとした。
「あれー、ねえちょっとー、なんでスルーしようとするの?」
「どしたの? 顔赤いよ?」
「は、走ってたんだよ。別になんでもねーし」
「変なの。なんかそわそわしてるし、ちょっと不審者っぽいよ?」
「大丈夫? なにかあったの?」
「な、なんでもねーって!!」
ああもう!! 女子ってやつは、なんでこうしつこいんだ。
「ははーん、この様子はあれだね。きっと恋でもしてるんだよ」
「はあっ!? ち、ちがっ、三女はそんなんじゃ……」
「さんじょ? もしかして、その人が龍太くんの好きな人?」
「あ、もっと赤くなった」
「図星かな?」
「かな?」
「う、うるせええええ!!」
「行っちゃった」
「は〜。あの万年ガチレン馬鹿の龍太くんもついに、ね〜」
「心境の変化、ってことかな?」
「だね〜、春だからね〜」
「春?」
「そう、春。春が龍太くんを変えたんだよ、かおるちゃん」
了
絶滅危惧種(?)ですが、どっこい生き残ってました、龍×ひと派。
「少年×年上のお姉さん」のシチュエーションは大好物です。
ひとはが「選べなかった」未来、こういうIFもあり得るかなと。